部位転がしは、本当に「不正の温床」なのか。
現在行われている柔整療養検討専門委員会。
令和8年療養費改定に向けた具体案の中で、「部位転がし」対策としての算定上限や逓減案(単価削減)が議論されています。

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ここで一度、立ち止まって考えましょう。
患者を見ているのは、保険者や審査会なのか。
同一患者が一定期間のうちに複数部位を負傷することは、本当に不自然なことなのだろうか。
身体機能が回復すれば、生活範囲は広がり、自ずと活動量は上がる。
活動量が上がれば、運動器には再び「組織の耐性を超える力学的負荷(メカニカルストレス)」が発生し、具体的な負荷の転換点(原因)によって新たな痛み=「急性・亜急性の外力による負傷」が現れる。
これは例外的な現象ではなく、生体の適応と負荷の循環という、臨床の基本構造ですね。
QOL(生活の質)の向上は、行動範囲の拡大をもたらす。
自由な活動は、新たな外力の契機となる。
「自由な活動」と「負傷リスク」は、生理学的に見て表裏一体です。
↓「負傷と治癒の臨床サイクルの原理」↓

だけど、誤解は禁物です。
「活動量が上がったから」という一般論は、外傷の免罪符ではありません。
理論が正当であるからこそ、個別事案における立証責任は予知重要となります。
保険者側が突くのは、常に「原因の曖昧さ」。
臨床サイクルの原理を理解しているなら、現場でなされるべきはさらに踏み込んだ受傷機序の聴取(初検)。
「いつ、どこで、どの動作によって、耐性を超える負荷が生じたのか」。
この具体的な「負傷の転換点」を一つずつ丁寧に確認すること。
理論を盾にするなら、その裏付けとなる事実の記録こそが命綱となります!
回復と新負傷(再負傷)は対立概念ではなく、連続した生理学的プロセス。
問題は、現象ではなく「扱われ方」
新負傷(再負傷)が起きること自体はごく自然なこと。
それがあたかも意図的な「請求手法」であるかのように類型化され、臨床現象ではなく“操作(付け替え)”として扱われていることが問題です。
現在議論されている算定上限や逓減案は、この臨床的循環構造を十分に踏まえた設計になっているのか、再検証が必要ではないでしょか。
算定回数や期間のみで一律に評価を下げるという発想は、
「健康を取り戻し、活動的になった患者ほど、制度的に不利益を被る」という矛盾が…
寝たきりで動かない人間は、新たな負傷をしない。
社会復帰を目指し、QOLを向上させようと一歩踏み出した患者が、新たなリスクに直面するという現象が発生しかねません。
その「前向きな負傷」を一括りにしてしまう制度設計は、医療の本来の目的である健康増進と辻褄が合わなくなる可能性が出てきそうですね。
続く
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