本記事は、厚生労働省通知および柔道整復療養費検討専門委員会へ提出された健保連提出資料を基に、事実と筆者の考察を明確に区別しながら制度改正の背景を解説しています。
令和8年柔整療養費改定では、「直近1年通算8か月以上かつ9部位以上」の患者に対する償還払いへの変更が大きな話題となっています。
SNSでは、「8か月・9部位になったらもう保険は使えない」「10割負担になる」「接骨院は終わった」など、さまざまな情報が飛び交っています。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
僕が今回一番気になったのは、「8か月・9部位」という数字ではありません。
「なぜ、この制度が作られたのか。」
その理由は、厚生労働省通知には記されていません。
なので、制度改正が議論された背景や、保険者が何を問題視していたのかを知る必要があります。
そこで今回は、柔道整復療養費検討専門委員会へ提出された健保連提出資料も読み解きながら、制度改正の背景を整理していきます。
この記事でわかること
- 令和8年柔整療養費改定で新設された「直近1年通算8か月以上・9部位以上」とは何か
- 償還払いへ変更される流れと誤解されやすいポイント
- 健保連が問題視していた請求パターン
- 制度改正が行われた背景
- 次回以降で解説する「なぜ8か月・9部位なのか」という制度趣旨
目次
- なぜ「8か月以上・9部位以上」なのか
- 保険者は以前から何を問題視していたのか
- 健保連資料から見える請求パターン
- 制度改正が必要と考えられた背景
- まとめ
なぜ「8か月・9部位」なのでしょうか。
まず皆さんへ質問です。
なぜ“通算8か月以上”なのでしょうか。
なぜ“通算9部位以上”なのでしょうか。
10か月ではダメだったのでしょうか。
12部位ではダメだったのでしょうか。
SNSでは、「8か月・9部位」という数字だけが一人歩きしています。
しかし、本当に考えるべきなのは、その数字ではありません。
「なぜ、その数字が制度として作られたのか。」
この背景を理解しなければ、今回の制度改正は単なる“ネガティヴ改正”との認識のままです。
そこで、まずは制度改正前に保険者がどのような問題意識を持っていたのかを見ていきましょう。
保険者は以前から「部位転がし」が疑われる請求を問題視していた
令和8年2月27日に開催された柔道整復療養費検討専門委員会では、健保連(健康保険組合連合会)の委員から、「部位転がし」が疑われる施術について制度上どのような問題があるのかを整理した資料が提出されました。
この資料は、制度改正を検討するために提出された資料です。
健保連提出資料① 「部位転がし」が疑われる請求は、なぜ行われるのか

💡izkingポイント
この資料で注目したいのは、「部位転がしが行われる理由」ではありません。
「制度上、そのような請求が可能となっていた理由」です。
健保連は、制度上の課題として、次のような点を挙げています。
- 初検料・再検料などを制限無く算定できること
- 長期施術継続理由の記載を回避できること
- 長期施術(5か月超)の逓減を回避できること
- 患者照会の対象となる請求を避けられること
- 多部位逓減を回避できること
- 制度上、施術部位を替えることへの制約がなく、初検料等を算定できること
つまり、健保連が問題視していたのは、「制度上、このような請求が成立してしまう構造」でした。
ここで注目したいのは、健保連は「柔道整復師が悪い」と書いているわけではないということです。
問題は、制度上、そのような請求が可能となっている構造です。
制度設計そのものに課題があり、その課題を改善する必要があるという問題提起として読むことが重要です。
✅ 今回のポイント
- 保険者は以前から制度上の課題を認識していた
- 問題視していたのは「制度の構造」である
- 制度改正案は突然始まったものではない
健保連は実際の請求パターンまで分析していました
では、保険者は実際にどのような請求を問題視していたのでしょうか。
健保連提出資料には、実際の請求パターンを例に挙げた分析資料が掲載されています。

この資料では、「長期頻回受療者(毎月受療者)の典型パターン」として、約3か月ごとに「負傷→治癒→新たな負傷」を繰り返す請求例が紹介されています。
そのケースでは、同じ関節部位が繰り返し負傷名として登場し、1年間で4回の負傷、12部位、157日の施術という請求内容になっています。
💡izkingポイント
この資料は、今回の記事の中でも最も重要な資料です。
一見すると、「3か月ごとに負傷と治癒を繰り返している患者」の事例に見えるかもしれません。
しかし、本当に注目していただきたいのは、ページ下部に記載されている次の一文です。
保険者はこれらの請求に疑義を持ちつつも、制度上、不支給は困難。
この一文から読み取れるのは、保険者側は、不自然な請求を“なぜ支払い続けないといけないのか”という不満を抱いていたということ。
請求内容には以前から疑義を持っていた。
しかし、当時の制度では、不支給とするための明確なルールが存在しなかった。
だからこそ、制度そのものを見直す必要があるという議論へつなげていったと考えられます。
✅ 今回のポイント
- 保険者は以前から請求内容に疑義を持っていた
- しかし制度上、不支給とすることは困難だった
- 今回の制度改正は、その課題を解決するための制度設計の見直しである
保険者は「我慢していた、黙認していた」のではありません
SNSでは、
- 「保険者が急に厳しくなった」
- 「突然制度が変わった」
- 「令和8年になって初めて問題になった」
というような投稿を見かけます。
しかし、健保連資料を見る限り、そのようには読み取れません。
保険者は以前から請求内容に疑義を持っていて、制度改正に向けて取り組んでいたことが読み取れます。
制度上のルールが無く、不支給とすることが困難だったというのが資料の整理です。
つまり、今回の制度改正は、「突然厳しくなった」のではなく、以前から抱いていた制度上の課題に対して、新たなルールを設けたという流れで理解する方が自然でしょう。
保険者側は何を問題視していたのか
次の資料では、健保連はさらに踏み込んだ表現を用いています。

💡izkingポイント
このページには、健保連が制度改正を求めた理由が最もストレートに記載されています。
特に印象的なのが、
「柔整療養費の不適切な請求は『部位転がし』に尽きる。」
という記載です。
この表現に賛否はあるかもしれません。
しかし、ここで重要なのは、その表現に賛成するか反対するかではありません。
制度改正を検討する場では、このような問題意識が共有されていたという事実です。
つまり、今回の改正は突然始まったものではなく、以前から積み重ねられてきた制度上の課題を受けて議論された結果であることが読み取れます。
✅ 今回のポイント
- 保険者は制度改正の必要性を以前から提起していた
- 制度改正は一時的な思いつきではない
- 制度の背景を知ることで改正の本質が見えてくる
ここからは個人の考察です
ここから先は、通知や健保連資料に書かれている事実ではなく、僕自身の考察です。
僕は、この資料が提出される何年も前から、「部位転がし」という言葉以上に気になっていることがあります。
それは、健康保険制度と経営モデルの間に生じたズレです。
柔道整復療養費制度は、本来、患者さんの負傷状態を評価し、その回復状況に応じて施術を行い、治癒した時点で終了するという考え方を前提に設計されています。
一方で、近年は自費施術や回数券販売を中心とした経営モデルを採用する施術所も増えています。
もちろん、自費施術や回数券販売そのものを否定するものではありません。
しかし、もし「販売した回数」や「販売した期間」が通院の前提となり、その通院に保険請求が付随する運用が行われるのであれば、制度本来の「負傷の回復に応じた療養」という考え方との整合性については、慎重に考える必要があります。
今回の制度改正は、個々の施術所を対象にしたものではなく、このような制度と運用との間に生じたズレを是正するための制度設計の見直しという視点でも捉えることができるのではないでしょうか。
では、なぜ最終的に「8か月・9部位」という制度になったのでしょうか。
ここまで見てきたように、健保連提出資料では、「部位転がし」が疑われる請求に対する制度上の課題が数多く示されていました。
そして、資料では、その課題に対する具体的な制度案も提案されています。
例えば、
- 一定期間内の初検料算定を制限する案
- 施術部位数に制限を設ける案
- 施術回数に制限を設ける案
- 長期多部位施術に対する新たな逓減制度
など、さまざまな制度設計が提案されていました。
つまり、「8か月・9部位」という制度だけが最初から決まっていたわけではありません。
制度改正の検討段階では、さまざまな案が議論され、その一つの結果として、今回の制度が採用されたという流れが読み取れます。
だからこそ、「8か月・9部位」という数字だけを見ても、本質は理解できません。
SNSでは、
- 「8か月・9部位になったら即償還払いに変更」
- 「もう保険は使わない方がいい」
- 「患者が来なくなる、患者数が減る」
- 「常連患者が来れなくなる」
というような投稿も見かけます。
しかし、制度改正の背景を見ていくと、今回の見直しは、単に患者さんの通院を制限することを目的とした制度とは読み取れません。
保険者が以前から抱いていた制度上の課題に対して、新たなルールを設けた。
まずは、そのように理解することが重要ではないでしょうか。
今回、一番伝えたかったこと
僕は、このブログを書くにあたり、厚生労働省通知だけではなく、制度改正の背景となった資料もしっかり読み込みました。
その理由は一つです。
制度は、背景を知らなければ正しく理解できないし、改正後のこれからの時代の経営戦略も立てられない。
だからです。
「8か月・9部位」という数字だけを考えると、不安になる方もいるでしょう。
しかし、その数字だけを考えても、制度の本質が曖昧なまま、何も変わりません。変えられません。
本当に大切なのは、
なぜ、その制度が作られたのか。そして改正されたのか。
ここを理解することです。
まとめ
今回の記事では、「直近1年通算8か月以上・9部位以上」の患者に対する償還払い制度について、制度改正の背景を整理しました。
健保連提出資料からは、保険者は以前から制度上の課題を認識しており、その課題を解決するための制度設計が議論されていたことが読み取れます。
つまり、今回の制度改正は、突然始まったものではなく、長年議論されてきた制度上の課題への対応として理解することが重要です。
そして、私たち柔道整復師が忘れてはならないのは、保険給付とは、施術者のためではなく、患者さんが必要な療養を受けるために存在する制度であるという原点です。
制度が変わるたびに右往左往するのではなく、制度の目的を理解し、その目的に沿った施術と記録管理を行うことこそが、これからの柔道整復師に求められる姿勢ではないでしょうか。
次回予告
今回は、「なぜ制度改正が必要と考えられたのか」という背景を中心に解説しました。
では、最終的に「直近1年通算8か月以上・9部位以上」という数字は、どのような考え方で制度化されたのでしょうか。
次回は、厚生労働省通知と改正内容を照らし合わせながら、
「なぜ8か月・9部位なのか。」「7月からはどう経営するべきなのか。」
その制度趣旨を、事実と考察を分けながら、さらに深掘りしていきます。